2007年11月22日 (木)

○○紛失

更新終了のお知らせをしておきながらいつまで更新するんだって話ですが次回でとりあえず終了します。それ以降も芸術祭関連やぐりむさんの日常で特筆すべき出来事などがあればときどき更新します。

さて今日は2006年大地の芸術祭の想い出です。やはりアーティストの方々とたくさんお会いできたのが大きなことでした。特に國安田孝昌さんや塩澤宏信さんの作品制作に立ち合わせることができたのはすごいことです。しかもそのきっかけとなったのはこのぶろぐでした。

それだけでも大きなことなんですが、話はかわって芸術祭の作品を見てまわっていたときのこと。中里エリアを見てまわっていてこへびステーション(ポチョムキンの前)へ行ったら國安さんの作品制作をしているこへび隊のHさんがいました。普段はそっちの方なんですが今日はこっちに配属されていたようです。さてそんな芸術祭会期中の昼下がりなんですが、ふとズボンのポケットが軽いことに気づいたぐりむさん。まさかと思ってポケットを探ってみると・・・ぐわあああん。

前回フィルムを紛失した話を書きましたが、なんと実わフィルムなんかよりずっと大切な○○をなくしていたのです。その当時ぶろぐを立ち上げて間もない頃でこのことはぶろぐでも伏せていましたが、この際書こうと思います。で、なにをなくしたかというと、そうです。命の次の次くらいに大切なものです。

というわけでお財布を紛失してしまいました~。

あわてて来た道を引き返しこへびステーションのHさんに言ってみたけど、そう簡単に落とした財布が届いてるはずもなく、今日 見に行った中里エリアの作品のある場所へ引き返しひとつひとつの場所へ行って探したり、念のため車の中も探しましたが見つからず・・・・。

すぐに家に帰って銀行等のカードの使用を止めてもらいました。暗証番号を不覚にも誕生日で設定してあったのでわるい人が拾ったらアウトです。

大地の芸術祭の落し物はすべて十日町のトリエンナーレセンターに届くはずですが、普通 財布拾ったら警察に届けるだろ。と思い警察に通報しまいた。銀行のカードやお店のポイントカードや病院の診察券なども財布にはいっていましたが何より痛いのは免許証もはいっていたことです。

というわけで車の運転ができません。別に無免許で運転してるわけぢゃないので違反ではないですが車を運転していておまわりさんに万が一呼び止められれば免許証不携帯でアウトです。

後日、免許センターへ行き免許証を再発行してもらいまいたが、ここでひとつ思いました。免許証の再発行に来てる人が私以外にもたくさんいたことにびっくり。いったい1日にどのくらいの人が訪れるのだろう?世の中そんなにたくさんの人が毎日免許証をなくしているものなのかな?

銀行にも行ってカードの再発行をしてもらいました。暗証番号が誕生日ってのはマズいので別の番号にしました。

ここだけの話ですが私の大好きなあの人の・・・

で一週間後警察から連絡があって財布が見つかりました。探して見つからなかったですがやはり芸術祭の作品付近に落ちていたらしく、同じく芸術祭見に来ていた東京の人が拾って警察に届けてくれたようです。いやぁ親切な人でよかったね。芸術祭を見にくる人にわるい人はいないと思いました。って実は現金の方は百円単位の小銭しかはいってなかったんですよ。大金がはいっていたらネコババされてたかも知れないです。

でそもそも財布を落とした原因ですがズボンのポケットの形にあるようです。しゃがむとモノが落ちやすいズボンだったんです。写真を撮ったり、スタンプを押したりするときなどしゃがむ機会はいくらでもありました。このズボン古くなっていたこともあり、これにこりて捨てることにしました。

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2007年11月20日 (火)

フィルム紛失

さて今日も大地の芸術祭の想い出話をしたいと思います。

第1回の出来事はもう書いたので、いや他にも書くべき様々な想い出がありましたがいろいろな個人的理由で今日は2003年度の第2回大地の芸術祭の事を書きたいと思います。

第2回といえばクリスチャン・ボルタンスキー+ジャン・カルマンの「夏の旅」が印象的でした。あとは2000年の芸術祭でこへび隊やってた人と再会したりしました。

で、当時 私はMのつくファーストフード店で働いていたのでめちゃくちゃ忙しく仕事の合間を縫っては作品を見に行って写真を撮っていました。前回の芸術祭みたいに写真撮影の制限がなかったので、ほぼすべての作品の写真を撮りましたが土日は仕事があったためイベント作品は見に行けなかったです。

さて作品のほとんどを制覇して松之山エリアの作品を見に行っていたときのこと。上湯集落の「夢の家」周辺の新たにつくられた3作品を見てこへび隊やってたときの人と再会を果たし、ボルタンスキーの作品で感動した後で、気がつくと

フィルムが1本なくなっていることに気づきました。

40枚撮りのフィルムをつかっていましたが、それでもひとつひとつの作品を入念に見ていけば足りなくなるのが現状。フィルム1本に上湯の3作品からボルタンスキーの作品までかなりの量がおさめられていたのでショックでした。ぐわあああんって感じです。

で、後日もう一度作品の写真を撮りに行くはめになりましたとさ。

あと大厳寺高原でカメラが壊れるというハプニングもありました。大厳寺高原といえば山奥のそのまた奥でコンビニはもちろんカメラ屋さんもないし商店もないので途方に暮れましたが、「ばーどがーでん」の売店に奇跡的に使い切りカメラを売っていました。ただ望遠機能などがないため写真がいまいちでしたが・・・。大厳寺高原もなんだかんだ言って2回くらい訪れました。

あとはボルタンスキーの作品、夕暮れどきがきれいだというのでその写真を撮るため閉会式の日 仕事が終わってから時間ぎりぎりで行ったのを覚えています。

とにかくいろいろあって一言ぢゃいえないほど楽しかったですが、大地の芸術祭をなめてはいけないということを実感しました。ガソリン代や写真の現像代などの多少の出血はやむをえません。とかいって写真の現像代だけで相当いってると思いますが・・・。

あ、なくしたフィルムは写真を再度撮りなおしたあと車の中から出てきました。

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2007年11月18日 (日)

雨の日の閉会式

今日は待ちにまったインターネットで注文した「Little DJ」のオフィシャルフォトブックが届きました。え?なんの話かって?いや私の大好きな神木隆之介くんの初の主演ラブストーリーの「Little DJ~小さな恋の物語~」の話です。

はい。またやっちゃいましたね。ウソです。待ちにまった「河岸段丘花火」の日です。が、あいにくの雨です。しかも風が強いです。木枯らしでしょうか?

雨と大地の芸術祭といえば頭をよぎるあの出来事・・・。

ああこの話ぶろぐなんかで書くことなのか?ってずっと思ってました。

あ、今日のテーマは前々回の話に引き続き「大地の芸術祭の思い出」です。当分これをテーマにして更新終了までやっていくつもりです。

で話は2000年の第一回大地の芸術祭の「閉会式」にさかのぼります。あの日はもはや芸術祭関係者のあいだでは伝説になっていることですが、雨が降っていて「雨の日の閉会式」として知られています。

雨の中でキャンドルを手にテーマ曲の「カントリーロード」を熱唱したんですが事件はその前に起きました。現在農舞台がある場所は2000年当時、「里の家」と名づけられたテントがたっていてトリエンナーレセンターというかこへびステーションとして作品の多数存在する松代城山の玄関口になっていまいた。私はその日、こへび隊をやっていてこの「里の家」のスタッフとして派遣されたのですが今ある農舞台とちがって食堂はもちろんトイレすらなくほくほく戦の線路をはさんで駅となりの「ふるさと会館」まで行かなくてはいけませんでした。

さてその日はこへび隊の業務を終え、(その間にもハプニングがいろいろありましたが)いよいよ閉会式に行こうと「里の家」を閉めようとしていたとき、全然 関係ないですがぐりむさんとしたことが尿意をもよおしトイレに行きたくてどうしようもなかったのです。とはいえテントの外は激しい雨。

そんな状況の中でなんとタイミングが悪く城山のシモン・ビールの作品近くで車が脱輪して身動きが取れなくなった。との観光客からの通報が。

それよりぐりむさんはトイレに行きたくてどうしようもなかったのです。

我慢できないので雨でびしょ濡れになるのを覚悟でトイレへ行って、里の家に戻ってきたら・・・誰もいませんでした。

脱輪した車を救助しにぐりむさんをのぞくこへび隊たちは山へ車で向ったようです。ということで落いてけぼりになったぐりむさんでした・・・。

ひとり途方に暮れました。

このときほどむなしい気分になったのはありませんでした。ってちょっと大袈裟ですが・・・で、仕方なくたまたま通った車をヒッチハイクし現場に向ったもののぐりむさん以外のこへび隊に「お前今までなにしてたんだ?」みたいなしろい目で見られてしまいました。言えないよ。みんながびしょ濡れで救助活動してるのに「トイレに行きたかった」なんて情けないこと言えないよ。

まぁその後 閉会式で雨に打たれることになるのですが体以上に心もびしょ濡れになったぐりむさんでした。

って今にして思い出せばトイレに行きたかっただけのどうでもいい話ですね。でも忘れられない苦い思い出です。

なんかこへび隊やってたときはちゃんと働けてなかったというか、そういう目で見られていたような気がしてあまりいい思い出ではないです。

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2007年11月14日 (水)

私はこうしてこへびになった

再び津南へ行ってきました。

竜ヶ窪へ行く途中に絶景ポイントを発見しました。坂の途中にある駐車スペースなんですが、ここからだと前方マウンテンパーク津南から右方向に津南市街地が見渡せるので真横からではありませんが斜め方向に次々にあがっていく花火の様子が見れると思います。

さて明日ちょっとしたミーティングがあるのでそのための書類を書かなくてはいけないので、さっさと更新だけしておきます。

今日から大地の芸術祭の思い出を綴っていきたいと思います。

まず第1弾は私がこへび隊になったきっかけです。

というわけで話は2000年にタイムスリップしますが・・・。

第1回大地の芸術祭は2000年に行われたのですが、作品を見に行くようになったのはわりと後半、8月にはいってからでした。

なぜこへび隊にはいったかというと、当時やってた仕事がちょっとヤバいことになってたからです。夜の仕事だったのですが・・・。

で作品を見てまわっていて十日町市街地にあるフランク・スカルティの「カフェ・エリカ」に立ち寄った際にこへび隊の人に話を聞いて、興味を持ちました。そのまま大地の芸術祭本部(現在のキナーレ)へ行ってこへび隊に入りました。そのときやってた職場に

「次の仕事を決めたから辞めます。」

といって辞めたかったのです。あとあえていえば若かったし、夜の仕事やってたのでそこそこお金があったのでボランティアという点は特に気にしませんでした。

そんなわけでこへび隊にはいったのですがおもに蔡國強の作品のアート管理とか松代の里の家(現在の農舞台)とかのスタッフをやってました。あとは閉会式とその後の後かたづけでした。それについてはまたあとで記事にしようと思います。

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