2009年9月 6日 (日)

何処へ行きつくのかわからない、でも何処にいたのかはわかる?

Photo 作者:馬文(ジェニファー・ウェン・マ)

(中国/アメリカ)

作品名:何処へ行きつくのかわからない、でも何処にいたのかはわかる?

場所:マウンテンパーク津南(津南エリア)

2000年、中国を代表するアーティスト蔡國強(ツァイ・グオチャン)が福建省の登り窯を妻有に移築し「ドラゴン現代美術館」として芸術祭で作品を展示する空間をつくりました。設備も警備もない自然の中に囲まれた世界一小さな美術館です。

ぐりむさんもこへび隊時代この作品のアート管理をやっていてハンコ押しをここでやっていました。

これまで蔡國強自身が館長となり2003年にはアメリカのキキ・スミス、2006年には宮永甲太郎の作品展を開きました。

三回目となる今年、蔡國強がキュレーションしたのは、蔡國強のスタッフでもあった中国出身ニューヨーク在住の馬文(ジェニファー・ウェン・マ)です。

彼女はドラゴン現代美術館の制作にも関わっていましたが現地を訪れるのは今回がはじめてです。

2000年当初この登り窯が雪に耐えられるのか心配されましたが9年経った今も多少の破損は見られますが健在しています。煉瓦の色は赤茶けた色に変り、周囲は野生の植物で覆われています。

まず今回 訪れてみるとその植物が黒く塗られています。登り窯の入り口は4つありますが、入ると女性の髪のにおいのような不思議な香りが漂ってきます。

下のみっつの入り口は入れませんが一番上から中へ入れます。階段状の内部に黒いなにかにおいのする特殊な液体のようなものが張られた泉がつくられています。

そこに映りこむ自分の姿。異次元のような空間に階段状に映りこむ自身を来訪者は見つめ、対峙することになります。

そこには作家の心も反映されているように思います。そこに映りこむ自分が重なる「時間の迷宮」です。

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2009年9月 5日 (土)

100年前

100_2 作者:本間純(日本)

作品名:100年前

場所:かたくりの宿(津南エリア)

この作家に関しては

「大地の芸術祭で名前が知られるようになった」

と批判する声がありましたが、別にそれはそれでいいんじゃないか?と個人的には思うわけです。

大地の芸術祭からひとりのアーティストが名前を知られるようになったのなら、それはそれで良いことです。

2000年第一回芸術祭ではこの地域でみられるかまぼこ型ガレージに7000本もの鉛筆を林立させた森をつくり、本物の森と対比させた景色が見れる作品を発表しました。それから第二回、第三回、今年の第四回とずっと作品を芸術祭でつくってきた、もはや大地の芸術祭には欠かせない存在です。

私は第三回のとき作家さんにお会いする機会があって、

「第二回では津南の結凍という妻有の一番端っこに作品をつくったから、今回も反対側の端っこにあたる三ツ山に作品をつくった」

とおっしゃっていました。

今回は第二回に作品をつくった秘境・秋山郷の結凍に再び作品をつくります。

秋山郷は津南から長野県につづく山奥の地域のことです。秋にはその名のとおり山の紅葉が美しいところなんですが、ホントに山奥です。有名になったのは4年前の記録的な大雪。この雪で幹線道路でありライフラインでもある国道405号線が通れなくなりこの地域が完全に孤立してしまったことで全国ニュースでも流れました。それくらい山奥です。

作品のある「かたくりの宿」は廃校になった建物を改装した旅館ですが現在休業中。それを芸術祭のNPO里山協働機構が運営を引き継ぎ今年の芸術祭にあわせて再び開業させました。

学校の面影の残るプールには同作家の2003年度作品あり。

さてではいよいよ今年の作品ですが、旅館のかつて体育館だったと思われるホールの天井の木で組まれた梁に、カラフルなオブジェを設置したり木の板を渡したりするインスタレーションをおこないました。

こういう作品こそぐりむさんの7倍ズームのデジカメが威力を発揮します。

ズームアップしてみると・・・う~んやっぱりこのカラフルなオブジェは家なんだろうか?

木の板は道をあらわしているのかな?

「100年前」というタイトルから昔の人が住んでいた秋山郷の光景を再現させた作品なんだろうか?

ただこの作家は水の流れるガラスを通して景色を見せたり世界を変容させる作品をつくる作家。

あくまでぐりむさんの解釈ですが100年前を「100年後」と見方を変えてみてはどうだろう?たとえば100年後の世界から見れば私たちのいる場所こそ「100年前」になる。

環境破壊や戦争、混乱する経済情勢のなか人類の歴史があと100年つづくかわかりませんが、われわれが100年前の世界を思い浮かべるとき、文明が未発達であったと感じます。一方で現代人が失ってしまった心の豊かさがあった時代だとも感じます。

100年後の世界から見れば私たちの今いる時代もまた、同様に感じるのではないかと思います。

天井につくられたわれわれを見下ろす家のオブジェはユートピアを表現しているように思います。それは100年前の景色であり100年後の光景ではないかと思います。

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2009年8月18日 (火)

0120-1110-109061

01211110109061 作者:李在孝(イ・ジェヒョ)(韓国)

作品名:0120-1110-109061

場所:マウンテンパーク津南(津南町)

湖畔の木立の中に現れた大小の3つの球体。

それは置かれたというよりは自然の景色の中に「たたずんでいる」という表現が一番似合います。この球体は丸太を組み合わせてつくられています。

球体っていうかたちはいいですね。どの角度から見ても丸いんですから。

地球は丸いです。月もまるいです。

宇宙になにもないとき、一番最初にできた形というのは「球体」なのではないかと思います。そしてまた科学や流行がすすんだとき最後に到達するのもやはり球という形なのではないかと思います。

また地球や月のかたちが実は真球ではなく表面が山や海でデコボコしているように、この作品も丸太でできているため凹凸があります。

丸太という自然の素材をつかうということは、時とともに風化し変化していくことを意味します。

この作品は球体という形のもつやさしさ、内包をあらわし、また周囲の木の緑の景色との調和もとれた作品です。まず遠くから眺めて「景色」の中の作品を見て、近づいて「自然」でできた球体を鑑賞してみるとおもしろい。

そしてもし人間の「心」に形があるとすれば私たちはやはり「球体」をイメージします。

精神性と周囲との関係性に影響をもたらす作品です。

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2009年8月 4日 (火)

やまもじプロジェクト

Photo 作者:滝澤達史(日本)

作品名:やまもじプロジェクト

場所:マウンテンパーク津南(津南町)

父親が津南町出身の作家。幼少時代を津南町で過ごす。

春、山に残る残雪が白い文字のように見えたことから着想しマウンテンパーク津南ゲレンデに白い巨大な文字を出現させました。

文字は地元住民から選ばれた「山」に決定。

文字は一万人の参加者によってつくられた白い布でつくられ布にはメッセージが書かれている。また訪れた人が白い布に願いを書くこともでき会期中をつうじて山文字が作られていきます。

住民や来訪者によってむすばれた白い布がつながり大きな「山」の一部となる。

ビューポイントはゲレンデの下から文字を見るのがいいですが、ゲレンデを登って近くで見ている人もいました。また「山」の先端の頂上から眺めてみるのもいいです。

河岸段丘を背景に願いの書かれた白い布が雄大な景色をみわたせます。

なお看板とスタンプも頂上に設置されています。展望台に車を停め少し歩きます。展望台付近は蜂が多いので注意してください。

会期の最後には山文字は火をつけて燃やす予定。

一万人による巨大文字と火の祭りは大地にこめられたメッセージを届ける壮大なセレモニーとなるだろう。

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2007年5月 1日 (火)

再生

案の定ゴールデンウィークはアクセス数ががくんと減っています。

Photo_321 作者:栗村江利(日本)

作品名:再生

場所:津南町

アートトリエンナーレ2000年度作品

あらためて写真の撮りかたが下手だと思いました。なんかこう中途半端なアングルなんですよね。素人の撮り方です。って写真はぢめて何年目だって感じですが。

でわ、作品の紹介です。

土をベットのかたちに盛り芝生の絨毯に大理石の枕を置きました。湖が一望でき池に浮ぶ西雅秋さんの白いリングも見えます。

ベッドに横たわってみると青い空に風が吹き、夏草の匂いがして、光とそばの木のぬくもりを感じます。それは作品名にあるように自分が生まれ変わるような感覚です。

作家はもともと日本画を学んでいましたが、ふと立ち寄った画材屋で見かけた硬化性樹脂(セラミカル)が彼女に新たな表現の展開をあたえました。

自由にかたちをつくり、簡単に焼き上がるセラミックの虜になってしまったのです。

作家は「人」をモチーフに新しい命をテーマに作品をつくってきました。

大地の芸術祭ではその眼差しが緑豊かな自然に向けられても生命感あふれる情感は豊かで満ちあふれています。

さて、2000年大地の芸術祭でこへび隊をやっていたときに聞いた話ですが、キャンプしながら自転車で作品を見てまわっていた人がこの作品のベットのうえで実際に眠って一夜を過ごしたらしいです。夜になれば人もいないこんな場所で一晩過ごすなんてすごいです。蚊に刺されたりしなかったのだろうか。でも星空はきれいだったことでしょう。20日かけて全作品を歩いて見てまわった人もいるらしいし、そういうところがすごい芸術祭です。

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2007年2月26日 (月)

Bed for the Cold

Bed_for_the_cold 作者:西雅秋(日本)

作品名:Bed for the Cold

場所:津南町

アートトリエンナーレ2000年度作品

この作家さんについては、会ったことないですが人から聞いた話によるとかなりパンチの効いた方だとか…。

西雅秋の作品は、例えば鉄の棒を3つに分けてそれぞれ土の中、川の中、なにもない空気中の3か所に放置するという作品をつくっています。

それぞれが時間の経過とともに土がついたり、フジツボついたり 、さびたりしてまったくちがう表情を見せます。作家はそれに手を加えません。

ただ、さまざまな場所に放置し、自然の作用が作品を完成させていきます。

今回の作品は作家としては珍しくFRP(中身は発泡スチロール)という素材をつかっています。直径10mの白いリングが湖の中に浮んでいる。ただそれだけのものです。しかし、それが緑豊かな季節から紅葉の秋へ、そして深い雪におおわれ、また春へと季節をむかえる中で常に表情は変化していきます。

その時間の推移をただ待っているという作品です。

ちなみに当初の予定では、湖の上でなく陸上に作家がよくつかう鉄製のリングを支柱に吊るすという作品を構想していたらしいですが、その予定地に別の作品(本間純・森)がつくられたためプランを変更し湖に白いリングを浮べるというものにしたそうです。

ぐりむさんが注目しているのはその「白」という色です。

絵を描く人間としては色彩に目がいってしまうのですが「白」という色をつかった作品が大地の芸術祭にはたくさんあります。ホセイン・ヴァラマネシュ、朝岡あかね、PHスタジオ、小林重予、そしてクリスチャン・ボルタンスキー。

白はやはり雪をイメージしているのだと思います。なにしろ豪雪地帯ですから。しかしその白が夏の濃い緑の中に置かれると、またその白という色が引き立ちます。その色のバランスが美しいと思います。

西雅秋の作品は作品の白と山の緑、そして複雑に変化する湖の水の色も加わり絶妙な色彩を放った作品だといえます。

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2007年2月13日 (火)

涙雲

はやくもはぢまる壮絶なるネタ切れの予感。

いや、なんでもないです。ぐりむさんの独り言です。

とりあえずあと30作品は紹介できそうです。

写真集が発売される5月まではぶろぐそのものを存続させたいところ。

なので「最近の出来事」のような記事も交えつつ気ままにかいていきたいと思います。そのためには作品紹介とそれ以外の記事を1:2くらいの比率で書かないといけません。もとよりぶろぐである以上、ぐりむさんの日常を書きつらねていくのもアリかな~とか自分に言い聞かせて考えています。

Photo_276  作者:クイビーン・オフラハラ

(アイルランド)

作品名:涙雲

場所:津南町

アートトリエンナーレ2006年度作品

※この作品は現在みることができません。

祈願や奉納の祭りをイメージしたタワーを集落の人々と組み上げていきました。つかわれていない水田に水がはられ、そこに橋がかけられ萱葺き屋根を思わせる建造物がつくられました。その上部と内部には地域で集めた白い布が広大な風景の中でそよぎます。

この作品は大地の芸術祭会期中、キナーレで顔見知りになった大地の芸術祭スタッフの人が「すごい作品だから」というので見に行きました。

まぁ別に人にすすめられていなくても見に行きましたけどね。

その不思議な構造の建築物もさることながら、中から吹きぬけになっている天井を見上げると空にそよぐ白い布の群れが圧巻。

まぁ大地の芸術祭らしいランドアートですね。こういう自然の風景の中に作品を作るって普通の展覧会ではできませんから。

さて、作品紹介を書くにあたりガイドブックと写真集は必須アイテムなんですが、ガイドブックは2000年のものが1番 厚いです。作品解説と作者経歴が1ページ丸ごとつかって書かれていて参考になります。しかし、2003年、2006年になるにつれ作者についてと作品の解説が少なくなっています。しかし2003年は写真集の解説もあるのでなんとかなります。

困るのは今回のように2006年度の作品を紹介するときです。ガイドブックの解説が少ないので書くことがないというのが本音です。

それでも資料を集め今までなんとか記事を書いてきたんですが…。

これから書く予定の記事は資料が少なく、ちゃんと作品の紹介ができるかわかりません。そんなわけもあって、はやく写真集が発売されないかな~とか思う今日この頃です。

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2007年1月11日 (木)

本間純作品

皆さん、こんばんわ。

大地の芸術祭っていうけれど

アートって一体なんですか?

と、唐突な質問からはぢまる今回の記事。

本間純さんは1990年代から活動をしている作家さんで、お会いしたことがあるんですがまだお若い作家さんでした。少なくとも見た感じ。

第1回芸術祭では公募の中から選ばれ、以降 毎回 作品を発表しています。本間純さんの作品は3部作となっているので、まとめて紹介します。

Photo_257 作品名:

場所:津南町

アートトリエンナーレ2000年度作品

この作品については過去にも記事にしましたが、妻有にみられるかまぼこ型ガレージに、鉛筆の「森」をつくり、そこから本物の森を見せるという作品です。数千本の林立する鉛筆にはつかった人の時間や想いが込められています。いろいろな種類の鉛筆があり見ていて楽しいです。鑑賞者に静かに語りかける作品です。

Photo_259

作品名:Melting Wall

場所:津南町

アートトリエンナーレ2003年度作品

奥深い土地の廃校となり現在は旅館としてつかわれている学校のプール跡に水の流れるガラス板を立て、風景を溶かして見せます。108年の歴史を持つ小学校にはかつて子供たちが遊んだり、泳いだり、歓声をあげていた場所です。水で揺らぐガラス越しに見える山、森、畑、家、木そして人は色彩も時間も変化していきます。

Photo_260 作品名:しずく

場所:十日町市

アートトリエンナーレ2006年度作品

3部作の最後はこの作品です。廃校の中にプールをつくり、天井から吊るされた白い物体からしずくが落ちます。この白い物体は水面に映ると妻有のかたちをしています。前作は妻有の南端に位置する場所に作品を設置した本間純は、今回その対角線上に位置する場所に作品を設置しました。しずくが落ちるとかつての気配を映した水面がゆらぎます。

さて、いかがでしたでしょうか?本間純さんの作品。

話はかわりますが2~3日前、わたくし夢を見たのですよ。

奇妙な夢で、その夢の中で聞こえてきた音楽がずっと頭の中で鳴っています。私、絵を描きますが音楽の才能なんてこれっぽちも御座居ません。

でもその夢で聞いた音楽ははぢめて聞く曲だったのでたぶん私が無意識に作詞作曲したとでもいうか、私の心の中から聞こえてきたものなのです。

さて、ここで皆さんにもう一度 質問です。

アートとはなんでしょう?

印象に残る夢をみたあとで、あるいは感動する映画を見たあとや本を読んだあとで、なんとなく世界が変わって見えることはないでしょうか?

私はアートも同じものだと思います。アートに触れると世界がちがってみえるのです。今までとはちがった角度から物事を見ることができるというか。

新しい世界がそこにひらかれるのです。人はそうやって物事を多面的にとらえることで成長していくんだと思います。

さて、あらためて本間純さんの作品を見てみましょう。鉛筆を並べて「森」をつくる。水の流れるガラスを通して、しずくの落ちる水面を通して、世界を変えてみせる。ちょっとした仕掛けによって今までとはちょっとちがう視点で、同じ景色をすこしだけ変えてみせる。そこに新しい世界が広がります。

まさに私の考える「アートとは何か」という定義に答えているかのような作品ではありませんか。

本間純は作品をイマジネーションツールと呼び、想像のための場を提供します。「アートとは何か」本当はこのぶろぐが終わるとき一番 最後の記事に書こうと思っていたこのセリフ。

「アートとはそれを通じて新しい世界観を体感する装置である」

わたしはそう思っています。

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2007年1月 5日 (金)

ここにおいて

越後妻有「真冬の里山バスツアー」が開催されるようです。詳しくは大地の芸術祭HPをご覧ください。期間は1月13日~14日の小正月の行事にあわせてと、2月17日~18日の雪まつりにあわせての期間2回です。

1月のツアーでは農舞台・脱皮する家・最後の教室・うぶすなの家を鑑賞するほか餅つきや早朝の雪上散歩などを体験できます。

2月のツアーではうぶすなの家・名ヶ山写真館・最後の教室・脱皮する家・農舞台を鑑賞、温泉や雪掘り体験などができます。

料金は東京から大人29、800えん、十日町からだと大人23、000えんとなっています。私の金銭感覚からすると高い感じもしますが、東京から新幹線で十日町までと考えるとバスのほうが断然お得です。宿泊費、食事代、作品鑑賞料込みでこのお値段ですから安いほうなのかも知れません。

2月のツアーのほうが鑑賞できる作品が多くて、雪まつりも見れてお得な感じがしますが…。雪掘り体験はちょっと…。自分の家の雪かきだけでも大変なのに、なんでわざわざお金払ってまで雪堀りしなきゃなんないの?って感じですが。まぁ雪の降らない地域の方からしてみればいい体験になるのでしょうね。まず、妻有の雪をみてびっくりするかも。

ツアーのことはこのくらいにしといて作品の紹介をしたいと思います。

Photo_254 作者:景山健(日本)

作品名:ここにおいて

妻有 2006

場所:津南町

アートトリエンナーレ2006年度作品

※この作品は現在みることができません。

景山健さんは時間・空間・場所の3つをキーワードに作品を発表しています。「ここにおいて」のシリーズはこれまでにもさまざまな場所で行われています。2000年、第1回大地の芸術祭でも作品を発表しています。

2000年「ここにおいて」では割り箸数十万本を集めて色をつけ、大地に突き立て並べました。

今回の作品はマウンテンパーク津南のスキー場のゲレンデに、津南町における経度緯度1秒(30.824×24.718)を住民との協働によって視覚化。

「ここ」を惑星:地球上の一点であることを認識させます。スキー場になにやら真っ赤な一角があり、近づいてみて、それが数万本の割り箸でできているのを見てびっくりした人も多いはず。

わたくし以前ちょっと特異体質だと申し上げたことがありますが…。私、割り箸がダメなんです。触れないんです。なんか触るとゾクっと寒気がして鳥肌が立つんです。この私にしかわからない症状をどう説明していいか…。

アレですよ。黒板に爪を立ててキィーーーってやると寒気がする人がいますが、私の場合 木のザラっとした感触がそれに当るようなのです。ツルツルした木は大丈夫なんです。たとえば学校の机とか、家の床や柱とか。そういうのは触っても大丈夫なんです。でも割り箸とか、アイスキャンディーの棒とかザラっとした感触がダメなんです。ましてそれを口に入れるなんて…。

だからといってこの作品を否定するわけでは御座居ません。

前回よりスキー場の土はかたく、割り箸を刺すのに苦労したそうです。しかし作家はただひたすらに箸を立てるという作業を行いました。その行為が終わり点が線となったとき作家の精神世界がひろがり人々のまえに開かれた作品となりました。

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2006年9月 2日 (土)

「記憶-記録」足滝の人びと

【今日のイベント】

●いけばなSaturdayトーク(川西) ●パークレット・イベント(中里) ●木村崇人「星の木もれ陽プロジェクト」(中里) ●「脱皮する家」ビデオ・ワークショップ(松代) ●儀明まつだい文楽劇場(松代) ●さとうゆきワークショップ(松之山)

【これまでの記録】

●見た作品の数(スタンプの数)  216

●車の走行距離         903km

Photo_167 作者:霜鳥健二(日本)

作品名:「記憶-記録」

足滝の人びと

場所:津南町

アートトリエンナーレ2006年度作品

作家は現在 足滝に暮らす約40人の撮影を通じて、集落に親しんでぃきました。

鉄板で彼らの人型をつくり川原に設置しました。

越後妻有は高度成長期を成し遂げた時期、多くの人々を関東に送り出してきました。

そして現在、過疎化はすすみます。

妻有は時代の変化の中で故郷を離れていった人々の原風景があります。

この作品は足滝に生き、信濃川とともに生活してぃる人々の記憶を記録してもらうものです。

足元には信濃川の石が敷きつめてぁります。

絵や文章ではなく、実物大のシルエットを置くことで一目で全体像を確認でき、脳裏に記憶されます。

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