2007年5月30日 (水)

ボルタンスキー作品

さて、やはり最後はこの作家さんの紹介です。

クリスチャン・ボルタンスキー(フランス)も過去3回とも参加している作家さんです。すべての作品に共通しているのは、過疎化がすすむこの地において人間の「不在」をテーマに作品をつくってきました。

たくさんの衣服を吊るしたり、廃校となった学校を舞台に作品を展開しているのはその象徴です。

Photo_365 作品名:リネン

場所:旧中里村

アートトリエンナーレ2000年度作品

0.5haの畑に無数の白い衣服を吊るした作品です。それはかつてそこに人が存在していた、しかしもういないという人の気配や喪失感をあらわしています。

たくさんの白い衣服が夏の風に舞い、光を受けていました。その光景はこの地に生きた、今は去った人々の魂の揺らぎのようです。

Photo_366 作品名:夏の旅

場所:旧松之山町

アートトリエンナーレ2003年度作品

正直、2003年当時、ボルタンスキーという名前は記憶のどこかにしまわれていましたがあまり印象に残っていませんでした。

しかしこの作品に出会い一生忘れられない名前になりました。

教室に吊るされた無数の衣服を見て、ああこの作家さんなのかと前回の作品を思い出し、感動しました。

この作品については語りたいことが山ほどあるので、どこから手をつけてよいのやら…どんな作品かというと、廃校になった旧東川小学校の静けさの中にかつての子供たちの歓声と気配、影をよみがえらせます。

静かな廊下の奥から聞こえてくるピアノの演奏。衣服がたくさん吊るされた教室。カーテンのむこうから聞こえてくる話し声。白い布に覆われた無数の本が並ぶ図書室。夏の草花で覆い尽くされた理科室。

私は学校が嫌いな子供でしたが、この廃校に立ったときとても懐かしく幸福な気持ちになりました。その静寂の中にある気配につつまれてしまいました。素晴らしいの一言に尽きます。

わたくし何度も足を運びました。なおこの作品は照明作家のジャン・カルマンとの共同制作です。とくに夕暮れどきは電球の灯りが校舎に灯り、印象的でした。

Photo_367 作品名:最後の教室

場所:旧松之山町

アートトリエンナーレ2006年度作品

とうとう最後の作品の紹介になってしまった…。

もちろん最後はこの作品です。2003年と同じ旧東川小学校の廃校。しかし作家が訪れたのは2006年の記録的な大雪の冬でした。雪に閉ざされてしまった夏とは全くちがう光景は作家に影響をあたえました。

廃校に雪を連想させる空間をつくりました。真黒に塗りつぶされた肖像画が廊下に並び、教室では心臓の鼓動のように光と音が点滅し、白いガラスケースの「思い出の箱」が並んでいます。

今回は相棒のジャン・カルマンによる照明による演出効果が印象的な作品でした。

クリスチャン・ボルタンスキーの作品はホロコーストを連想させると評されることがあります。しかし作家はそのことについて明言していません。

白い色にこだわった作品は死の気配と影を漂わせています。しかし決して暗いものではなくノスタルジックな作品でした。彼の作品を前に人は喪失や死にまつわる埋もれた記憶の覚醒を実感するでしょう。

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2007年5月29日 (火)

古郡弘作品

古郡弘さんは過去3回の芸術祭に3回とも参加している作家さんです。

一貫して土を素材にした作品をつくっています。土を素材というと陶芸のような作品を連想するかもしれませんが、そうではなく空間をベースにしたダイナミックで象徴的なインスタレーションをしています。

Photo_362  作品名:無戸室

(うつむろ)

場所:旧川西町

アートトリエンナーレ2000年度作品

川西の千手神社境内に円形の土壁がふたつ重なったような構造を持つ空間と、それを囲むように単管で組んだ構造物が壁のように並びました。そこに地元の小学生による古着を編んだ綱がかけられています。

この作品は千手神社にまつわる「古事記」の一説をイメージしてつくられました。

Photo_363 作品名:盆景―Ⅱ

場所:十日町市

アートトリエンナーレ2003年度作品

棚田の中になにかの気配を感じました。なにかがそこに「在る」のです。

中学生らとともに造られた、古い家屋のような土と藁でできた建造物。それは家のように見えますが、土壁を重層的に配置することによって作り出された空間です。

それはなつかしい光景のような五感にしまわれていた記憶を引き出すようでした。会期後はまた土へとかえっていくひとときの盆景は多くの感動を呼びました。

Photo_364 作品名:胞衣―みしゃぐち

場所:十日町市

アートトリエンナーレ2006年度作品

あらためて独特の名前の作品名をつける作家さんだと思いました。

市街地とは時間の流れがちがうかのような、民家の5軒しかない願入集落に「気配をかたちにする」というコンセプトで造られました。中央の木の生えた庭を囲むように土の回廊が掘られました。

胎児をまもる胎盤を意味する胞衣(えな)という名前が象徴するようになにかをあたたかく包みこむような場所です。時間も人手も足りない中、地元の土建屋さんの編み出した独自の工法でつくられました。

全体を通じて古郡弘の作品は、生命の循環や文明の根源を表現しています。現代人が忘れかけている懐古的な精神世界がそこから伝わってきます。また地元の小中学生や住民らによる協働や交流が大きな役割を果たした作品でした。

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2007年5月24日 (木)

母なる自然のための社

妻有は今、田植えの最盛期です。暖冬だったのにいつもより遅い気がしますが5月上旬の天気が悪かったからなのかな?ここ数日はいい天気が続いています。山では藤の花が満開です。

Photo_356 作者:エコ・プラウォット

(インドネシア)

作品名:母なる自然のための社

場所:旧松代町

アートトリエンナーレ2003年度作品

木は生命の源です。木なくして生命は存在しないと作家は考えます。

自然と向き合い、森と対話し、生命の源と出会い、松代の静かなハーモニーを感じる場所をつくります。

山の休耕田に沿って木のデッキをつくりました。このデッキは3つの異なった平面からなります。雑木林の中、1本の道が岩の門へと導きます。すると森がひらけて、木のトンネルがあります。半分閉じられた木の構造物を通りぬけると三角形のプラットホームがあり、そこから人がひとり通れる細い道がのびています。アジアンテイストな4本の幟がはためいている先端からは、太陽の下で松代の景色と自然のありのままの空気が満喫できます。

どこにいても心を落ちつかせて辺りを見渡せば地球の恩恵を受けて生きる自分がいます。このデッキは母なる地球に心を澄ますための参道です。

来訪者は、この空間の体験によって松代の森の精神を迎え自然に出会うための旅をすることになります。

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2007年5月23日 (水)

Reboot Project 001 GINGA

今年にはいってから何かとトラブルに見舞われたぐりむさんですが、ここ数日は何も起きない平穏な日々が続いています。トラブらないのはいいことですが、ぶろぐに書くことがないというのも困りものです。他にもぶろぐに書きたいことがいろいろあったような気がするのですが・・・。なんかあんまり書きたいことが思い浮かばずパソコンを前に頭を抱えてしまう日々が続いています。なんか適度に困らなくて、ぶろぐに書いたらおもしろそうな出来事は起きないかなぁ。そんな都合のいいハプニングはそうそう起きるもんじゃないですが・・・。

作者:White Base(平野治朗+斉藤精一)

(日本)

作品名:★★Reboot Project 001 GINGA

場所:十日町市

アートトリエンナーレ2003年度作品

※この作品は現在みることができません。

Ginga

芸術祭の夜、十日町市街地の4つのメインストリートで行われたイベント作品です。

想定約1000人が参加し、電球のはいった白い光る風船を持って行進し、市街地の風景を銀河(天の川)のように変容させるプロジェクトです。

商店街の灯りは落とされ、歩行者天国となり、真っ暗な町に白い光が幻想的に浮かびました。

これは十日町の隆盛を支えた織物産業へのオマージュでもあると同時に、瞬間・希望・自由・永遠・彼岸といったさまざまな意味が込められています。これらの想いをひとつの形にすることが作家の目的です。希望や自由を白い光る風船に托し願い、形づくるお祭りにしよう、と作家は呼びかけました。

風船は作家が幼いころから、今でも好きなものです。それは重力を脱出する自由や希望や永遠のシンボルとして作品に取り入れています。

また風船に光を入れることは、迎え火送り火・提灯行列・七夕・燈籠流しなどわれわれ祖先が昔から行ってきた「夏」「光」「命」の脈動のシンボルでもあります。

幸せな「夏の夜」をつくりたいという作家の想いにこたえるかのように、多くの人が光る白い風船を手に歩きました。地元商店街や住民の協力により美しい夏に夜のひとときがつくられました。

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2007年5月21日 (月)

フィクセーショントラック

Photo_353                                 

作者:北川貴好(日本)

作品名:フィクセーショントラック

場所:十日町市

アートトリエンナーレ2003年度作品

※この作品は現在みることができません。

ワイヤーによって固定された10トントラックに30トンあまりの土を盛りました。そこには夏草がトラックを覆いつくすように生い茂り、新しい光景を生み出します。

土は十日町の造成地から運んできたもので、雑草は一度 地面から切り離されたものです。トラックにより移動してきた土は自然の法則に従いながら、周囲の草木と連続した時間を経て、雑草が茂ります。

しかし成長した土は浮遊されたままの特定の場所につながれていて、この場所から浮き上がったものとして存在します。

トラックという人工的なものが土と生い茂る夏草に覆われのみこまれていく姿は圧倒的なスケールです。

同化と異化を同時に存在させることで、時間とともに成長していく姿を見つめるとともに、生命・感覚的な自然・人工の区分といった混沌とした状況を結合させる作品です。

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2007年5月20日 (日)

タンブール

Photo_351 作者:クロード・レヴェック

(フランス)

作品名:タンブール

〈太鼓〉

アートトリエンナーレ2003年度作品

※この作品は現在みることができません。

光と音を組み合わせて異質な空間をつくることで知られる作家。そのつくり出す世界は見るものを体験したことのない世界へ導きます。

この作品は、ゆっくり回転する斜めに傾いた円盤型の鏡と4本の支柱、四角い蛍光灯のスチールケーブルから成るインスタレーションです。

鏡は直径2.5mあります。

4本のまばゆい照明が鏡に反射し、周辺の民家などあらゆるものを照らします。そして鏡がその風景を写しこみ静かにまわります。訪問者は鏡にうつる分断された自分の姿を鏡の中に見ます。

蛍光灯のついた5m四方のスチールケーブルは外部と回転する内部との緊張を表現しています。

この作品、夜モノ(ヒカリモノ)のわりには私のノーマルカメラでもきれいに撮影できました。それだけ明るい光を放っているということです。

この作品は駅前のかつて某運送会社の倉庫があった跡地につくられています。駅の2階窓につくられた池田光宏さんの作品「by the Window」とともになにもない駅前の光景を明るくし、活気づけている作品でした。

作家は帰国前日この作品に集まる子供たちを観察し感動したらしいです。

夕暮れも印象的な作品でした。

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2007年5月18日 (金)

創作の庭

Photo_349 作者:土屋公雄(日本)

作品名:創作の庭

場所:旧松代町

アートトリエンナーレ2003年度作品

この作品は2000年大地の芸術祭でプロポーザル展示として構想を発表しています。土屋公雄は流木や家屋の廃材、煉瓦など人が関わった自然素材をつかいます。

そこには「彫刻とは特定の形態をつくるものではなく、ひとつの素材から他の質へ意味を置き換えることである。」という芸術観があります。

2003年大地の芸術祭では棚田を連想させるアウトラインの多層構造の花壇をつくりました。花はこへび隊と住民によって植えられました。

渦巻きのような舗道を歩いていくと中央にあるまるい池にたどり着きます。見上げれば360度に広がる色とりどりの花で視界が覆われます。

最近、ここを通ったのですが今はチューリップの花が満開でした。

ひとつひとつの花壇が町の人々とともに成長していく姿は、作家の記憶を形象化していくというテーマが込められています。

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2007年5月14日 (月)

瀬戸川満里子作品

今日はこの作家さんの紹介です。

調べてみたら第1回から連続で3回とも作品を発表している数少ない作家さんであるということと、新潟県出身の作家さんであるということなので紹介します。

ワークショップやインスタレーションによってもの、人、自然がどうかかわるかを模索している作家さんです。

Photo_343 作品名:瞳を閉じて

場所:松代町

アートトリエンナーレ2000年度作品

※この作品は現在みることができません。

第1回大地の芸術祭では松代町で住民とワークショップをおこないました。一軒の民家を青いネットですっぽりと覆いました。そこには住民とつくった植物の葉や穂などの自然素材をオレンジのオブラートで包んだ枕型のものをたくさんぶらさげました。

タイトルのとおりささやかでかそけき感覚へと見るものをいざないます。

Photo_345 作品名:今、風景の中に―うつろい

場所:松代町

アートトリエンナーレ2003年度作品

※この作品は現在みることができません。

松代小学校の木に吊るされた蚊帳には「家紋」と「山野草」をイメージしたものが描かれています。やはり植物や松ぼっくり、藁など自然素材がつかわれています。風にゆれるような軽やかなオブジェです。

風景をきりとって絵画のようにはじめからそこにあるようにぽっかりと浮ぶその作品は前作と同様ものと自然との在り方を考えさせられます。。

Photo_346 作品名:月庵を愛でる

場所:十日町市

アートトリエンナーレ2006年度作品

ところがこの作品だけなんかちがうんだよな。場所も松代ではなく十日町に移したし。

同じ作家の作品だと気づかなかったよ。

山野草の写真をうつした水鏡のようなベンチと、月を愛でるような心を鎮める空間を神社につくりました。

全体をつうじて瀬戸川満里子の作品はモノと時間と情報に追われる現代人に、原初の記憶を呼び覚まし、なにかにつつまれている豊かさを感じます。

そこから個々の記憶を掘り起こしつなぐように、あるいはつつむようにして作品をつくっています。

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2007年5月 5日 (土)

まつだいスモールタワー

昨日、ゴールデンウィークできていた親せきの人を連れて松代へ行ってきました。塩澤さんのイナゴハビイタンボを見にいくのが目的でしたが、それだけぢゃつまらないので、農舞台にも行ってきました。どのみち小さな骨の美術館を見に行く予定だったので。では今日も松代城山の作品の紹介です。

Photo_333 作者:ぺリフェリック(フランス)

作品名:まつだいスモールタワー

場所:旧松代町

アートトリエンナーレ2003年度作品

城山キャンプ場にできたこの作品はジグザクに上る階段つきの屋上もあわせると4階立ての塔です。鉄とエキスパンドメタルでできた塔はメッシュ構造となっていて中にはいっても地面や風景が透けて見えます。屋上からはまつだいの町と山が一望できます。杉の木立を通して町の風景が望めるように現場で作家たちが入念な位置決めをおこない製作されました。

設計当初はキャンプ場のいち施設として作品を建設する予定でしたが、今後は城山の展望台としての名所として、またイベントスペースとしても活用されるようつくられました。

城山の頂上に近いところにあるため作品めぐりで訪れた人たちにとっては山道をのぼったあと、ここから景色を眺めるのは最高のはず。

で、見つけちゃいました。写真集の誤植。作品の解説の最後のほう。

「イベントスペースして活用する」が「イベントスペースして活用する」と書かれてました。ひらがなとカタカナを変換しまちがえたのですね。まぁこまかいことなのでどうでもいいですが。しかしガイドブックならまだしも写真集には誤植はないと思ってましたよ。でもよくあることといえばよくあることです。かくいうぐりむさんのぶろぐもあとで読み返してみるとそりゃもう誤字だらけで。今まで誰もツッコミをいれてこないのが不思議です。

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2007年5月 3日 (木)

フィヒテ

ゴールデンウィークも後半に入りました。十日町では今日きものまつりと成人式がおこなわれます。天気もよくてよかったです。

ではゴールデンウィーク後半は人気スポット、作品の多数 点在している松代城山の作品を紹介したいと思います。

Photo_331 作者:トレビアス・レーベルガー(ドイツ)

作品名:フィヒテ(唐檜)

場所:旧松代町

アートトリエンナーレ2003年度作品

山道の途中、森の中に隠された屋外図書館をつくりました。森へとつづく道を進んで行くと、本棚、椅子、ベッドなどが置かれており照明が吊るされています。

ドイツでは絵本が幼児教育において重要な教材とされているらしいです。本棚には絵本、哲学、童話などさまざまな本が並んでいます。

この人の気配すらない森の中で読書をするのは気持ちいいのか、ちょっと怖いのか。森はドイツの思想・哲学においても重要なつながりがあります。

森は人間の深層心理にも例えることができます。さまざまな命が生まれ、恐怖が闇に潜み、時間は永久に繰り返し流れる。

現代になってこそ森林浴なる言葉もありますが、森とは本来 人の住む世界とは隔てられた別世界です。古代ヨーロッパでは森は動物や妖精、怪物が潜み魔女がサバトをおこなう人が立ち行っては行けない場所でした。

日本でも森は古来から山と同様に信仰の対象でした。

作品の名前はドイツの哲学者と木の名前をかけてつけられています。

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